Concierge 

LIBRARY ライブラリ

齋藤優介 齋藤優介
2025.09.30

エステーリンク 株式会社

人を守り、環境を守るものづくり

代表取締役 齋藤隆範 氏 インタビュー

危険作業から人を解放するエステーリンクの描く未来
エステーリンクの開発の原点は、人を危険から守ることにあった。金属加工の現場では、バリ取り作業が日常的に行われてきた。しかし、この作業はグラインダーを用いるので、粉塵や火花を伴うだけでなく、一歩間違えば命の危険に晒されることもある。熟練の技術を持つ者でさえ、常にリスクと隣り合わせの作業であった。
そこで同社が開発したのが、自動バリ取り機「メタルエステ」である。人の手を機械が代替することで、安全性を飛躍的に高めただけでなく、省人化と品質安定を同時に実現した。危険な作業から人を解放するこの装置は、同業者から大きな支持を受け、「こんな装置を待っていた」という声が寄せられた。装置メーカーへの歩みが始まった瞬間でもある。
「効率化だけが目的ではありません。大切なのは、人が安心して作業できる環境を整えることです」齋藤氏は語る。

次なる挑戦 ― 環境負荷への取り組み
メタルエステの開発は、危険な作業を減らすことに成功した。しかし、そこで終わらせないのがエステーリンクの姿勢である。現場を見渡せば、溶接のヒュームや油煙など、目に見えにくい環境リスクは依然として残っている。
「今はまだ大きな問題として認識されていないかもしれない。けれど30年後には健康被害となって表れる可能性がある」。齋藤氏はそう語り、経営者としての責任を強調する。
その思いから生まれたのが、現在開発・販売を始めたばかりの作業現場の集塵装置だ。展示会ではスモークで充満させた部屋を20秒で澄み切らせるデモを実施し、その性能を示した。これは「働く人の未来を守る」ことを体現する取り組みから生まれた製品であり、職場の環境問題に対する新たな答えでもある。

人を大切にするものづくりへ
メタルエステも集塵装置も、その根底には「人を大切にするものづくり」という理念がある。危険作業から人を守り、将来の健康リスクから人を守る。
どちらも「目の前の利益よりも、人をどう守るか」という姿勢から始まっている。
「人が心身共に安全で安心できる環境を整えること。それが経営者の使命であり、会社の基盤を強くし、ものづくりの価値を高めるのです」と齋藤氏は語る。

理念を【金太郎あめ】のように
その真摯な理念と行動を如何にして、経営者と社員が共有できるかによって会社の方向もきまるのではないかというという問いに、齋藤社長は、社員育成について「理念を金太郎あめのように揃えたい」と表現する。
外から切っても中から切っても、常に同じ模様が現れる金太郎あめのように、社員一人ひとりが共通の理念を体現する組織を目指しているのだ。
「理念は言葉として覚えるだけでは意味がない。日常の行動や判断にまで落とし込み、社員一人ひとりが同じ芯を持って動けるようにしたい」と社長は強調する。
そのための具体的な取り組みの一つとして、同社は 新入社員とのノート交換会 を続けている。新入社員が日々の気づきを書き、直属の上司と社長がコメントを重ね、一冊が埋まるまで続ける取り組みだ。この過程を通じて、社員の思考の変化や責任感の芽生えを見極めることができる。
「ある瞬間、社員の目が変わるときがある。責任を与えられ、自分の役割を自覚したとき、人は大きく成長する」と、その時の社員の様子を思い出しながら語った。

小さな行動に理念を宿す
理念を浸透させるには、日常の小さな行動が重要である。エステーリンクが掲げる 基準行動 は、あいさつ、段取り、家族を大切にすること、チームワークを乱さないこと――どれも当たり前のように見えるが、実践の積み重ねこそが組織を形づくる。
「職場だけでなく家庭や普段の行動にまで結びつけられるかどうかが本当の差になる」と社長は言う。工場見学で外部からの訪れる方々から高評価を受ける一方で、目指すべき形までは「まだ50点」と厳しい自己評価を下すのもそのためだ。

人を育てるものづくり
理念を金太郎あめのように揃える取り組みは、決して単なる組織統制のためではない。社員一人ひとりが「人を大切にするものづくり」を体現できるようになれば、顧客や社会に提供する価値そのものが揃っていく。
「社員と話していると、その受け応えのなかに“芯”を感じさせる人が増えてきた。まだまだ、これからも会社はもっと強くなる」。齋藤氏はそう語り、理念の浸透を人材育成の核心に据えている。
危険作業から人を守る技術、未来を見据えた環境装置――そして人を中心に据えた経営姿勢。どれもが「人を大切にする」という信念から生まれてきた。そして今、その信念は理念の共有へと深化し、エステーリンクの歩みを導いている。その延長線上にある「人を中心に捉え、育てるものづくり」は、地場産業の枠を越え、日本の製造業そのものの未来を切り拓く力となる。
エステーリンクが示す道は明快だ。人を育てることこそが、ものづくりの未来をつくるのである。

(聞き手:株式会社つばめいと齋藤優介、渡辺丈一郎)

齋藤優介 齋藤優介
2025.09.30

東商技研工業 株式会社

女性が輝く現場の挑戦

代表取締役 今野祐樹 氏 インタビュー

新潟県燕市に本社を置く東商技研工業株式会社は、金属表面処理を主力とするものづくり企業である。バレル研磨を主体に据え、大量ロットの製品を高精度で磨き上げてきた。業務の多くは力仕事であり、長らく「男の職場」として認知されてきた。しかし近年、現場に女性社員が増えたことで社内の雰囲気は一新され、展示会活動や新規顧客開拓にも積極的に取り組んでいる。
同社の現状と挑戦について代表取締役 今野祐樹氏に聞いた。

女性が現場を変える
かつて同社の作業現場には力仕事が多く「男の職場」と見られてきたが、近年は状況が大きく変わっている。
現在、現場従業員10人のうち約4割が女性を占めるのだ。地域の製造業としては極めて珍しい構成であり、その存在が職場全体の雰囲気を刷新している。
「現場で働きたいと志望してくれる女性がいることに、最初は驚きました。しかし、実際に任せてみると、鏡面加工やバレル研磨といった繊細な工程では女性の感覚が大きな強みになっている。わずかなキズを見抜く力や、根気強さは特に女性社員が得意としています」
女性の参入は、単に人員が増えただけでなく、社内の空気そのものを変えていった。作業環境は明るさを増し、現場全体が和やかな雰囲気に包まれている。
「女性が入ってくれたことで、会社が新しくなったと感じます。職場が明るくなるというのは本当に大きなことですね」。

現場体験から始まる育成
同社では、新入社員がまず現場作業を経験する。設計や営業の立場と、実際に作業を担う現場の立場とでは、ものづくりに対する視点が大きく異なるからだ。
「試作をお客様に提案する営業や設計担当と、実際に現場で加工を行う担当とでは感覚が違います。だからこそ、まずは現場を経験してほしい。そうすれば、
お客様の依頼に応える難しさや、ものづくりの責任感を肌で理解できるのです」
試作品は初回費用をいただかず自己負担で取り組むこともある。0.1mm単位の部品加工から始まり、0.05mm、さらに30ミクロンという精度を求められるケースもある。
「変形させずに仕上げられるかどうか、その勝負どころが面白い。試行錯誤をしながらやるのが楽しいと社員が口を揃えて言う。それがうちの文化そのものだと思います」

展示会が広げる可能性
同社は展示会活動にも積極的に取り組んでいる。直近では福井市での展示会(10月22・23日)や、埼玉での産業展示会への出展を予定している。
「展示会は販路を広げる場であると同時に、人との出会いが何よりの財産になります。10年ほど前、初めてモノづくりメッセに出展したときに多くの方と出会いました。そのご縁が、今の活動につながっているのです」
展示会の場では、来場者から「バフ研磨に代わる鏡面加工はできないか」と相談されることも少なくない。従来、バフの磨きには人の手に頼らざるを得なかったが、東商技研工業はバレル研磨を駆使して細部まで仕上げる取り組みを進めている。結果として、従来は手磨きが不可欠とされた工程も、バレル研磨で補えるケースが増えてきた。
「展示会でも『ここまで細かい鏡面仕上げができるのか』と驚かれることがあります。付加価値の高いものを追求する姿勢が、私たちの強みになっています」

昨年は別の展示会に参加し、活動の幅を広げてきた。県外からの来場者も増え、会社の認知度は着実に高まっている。展示会を通じて得たつながりと評価が、次なる挑戦の原動力になっているのだ。

信頼を支える人材と「モノを作ろう」という想い
東商技研工業の営業基盤は堅実である。売上の9割は既存顧客によるもので、安定した関係が続いている。さらに新規顧客が1割を占め、そのうちの約2分の1は県外からの依頼だ。地域にとどまらず、全国的に信頼を獲得していることがわかる。
「小さな案件でも丁寧に対応する姿勢を貫いてきました。その積み重ねが信頼を呼び、次の依頼につながっています。

インタビューの最後に、今野さんは会社の根幹にある想いをこう語った。
「社員の声を聞くと、『モノを作らせてくれ』『モノを作ろう』という言葉が自然と出てきます。受け身ではなく、自分たちから動き、提案し、挑戦する。その文化があるからこそ、東商技研工業はここまで来られたのだと思います」

女性の活躍、現場での育成、試作への挑戦、展示会での出会い――。東商技研工業は、バレル研磨を中心としながらも「どんな磨きにも対応できる会社」へと進化を遂げてきた。小さな案件にも真摯に向き合い、挑戦を続ける姿勢の裏には、今野祐樹社長の「モノを作らせてほしい」という熱意がある。
その姿勢は、現場の常識や産地の固定観念を覆す力を持ち、地場のものづくりに新しい可能性をもたらしている。
今野社長の言葉に込められた「モノを作ろう」という想いは、東商技研工業の未来だけでなく、燕三条の産業全体の未来を照らす合言葉のように聞こえてくる。

(聞き手:株式会社つばめいと齋藤優介、渡辺丈一郎)

齋藤優介 齋藤優介
2025.09.30

株式会社 今井技巧

見えない部分に光を当てる ― 今井技巧、磨きの百年

代表取締役 今井大輔 氏 インタビュー

私たちの日常にある製品の多くは、無数の見えない工程の積み重ねによって形を得ている。その一つが「金型を磨く」という仕事である。
プラスチック樹脂製品の量産を支え、精密機器の性能を引き出し、ときには芸術作品の仕上げにまで寄与する。しかし、その存在を知る人はほとんどいない。
今井技巧は、そうした「目に見えない部分」に光を当てるように、百年の歳月をかけて技術を磨き続けてきた。
「普通の人は全く知らない。でも、身近なモノの裏には必ず存在する技術なんだと伝えたいんです」。
株式会社今井技巧の四代目、今井大輔氏は、実直に、穏やかに、しかし確かな力を込めて「伝えること」の大切さを語る。

歴史と転機
今井技巧の創業は大正15年。当初は美術彫金を専門とし、やがて金属洋食器の金型彫刻を担うようになった。だが、時代の流れは厳しかった。マシニング加工や海外生産の普及により、長らく続いた彫金の需要は燕地域から急速に衰退していく。
三代目はなお彫金の技術を守り続けたが、やがて周囲の期待に応えるかたちで金型の「磨き」へと舵を切った。そこで積み重ねられた技術が、現在の今井技巧の基盤を形づくっている。
四代目となる今井大輔氏は、長岡高専を経て上場企業で十年にわたり機械設計に携わったのち、家業に戻った。
「入社して初めて、自分が四代目だと意識しました」
―そう振り返る言葉には、静かな覚悟がにじむ。
父である三代目は「好きなことをやれ」と言い、事業の継承を強く迫ることはなかった。それでも、時代に応じて技術を進化させ、必要とされる仕事を選び取った結果、今井氏は自然と家業の道へ、そして磨きの世界へと歩みを定めることになった。

技術の本質
今井技巧の仕事には、機械加工では到達できない精度が求められる。製品の表面を均一に整え、微細な凹凸を一つひとつ丁寧に取り除く。その対象は、ときに高級時計の内部歯車のように外からは決して見えない部品にまで及ぶ。分解して顕微鏡で覗いたとき、初めて職人の仕上げに気づく――そんな世界を支えているのが今井技巧である。
「加工機や工具は進化してきました。でも最後は必ず人の手が必要なんです。だからこそ、この仕事は機械に置き換わらない。私たちは日本技術の最後の砦であることに誇りを持っています」

新たな挑戦と広がるフィールド
今井技巧の技術は、いまや金型業界にとどまらず、幅広い領域へと広がりを見せている。ある大学から依頼を受けて製作したステンレス製のタグは、その象徴的な一例である。一見単純な形状の品が、磨きの手を経ることでジュエリーのような輝きを放ち、学生たちの目を見張らせた。その体験は、磨きという技術が新しい文脈で受け止められる契機となった。

さらに近年は、芸術家やデザイナーとの協働も増えている。最新の加工技術によって生まれた造形物を、唯一無二の表情へと仕上げる。金属の表面を宝石のように磨き上げる試みもあり、そこに今井技巧ならではの感性と熟練が生きている。

「自分たちのモノは作れないけれど、磨きの技術を通して芸術に寄与できる」
今井大輔氏の言葉には、裏方でありながら誇りを抱く技術者の矜持がにじむ。こうした挑戦は社内のモチベーションにも直結し、近年ではアート関連の受注も増加している。

「もともと磨きは量産のための工程だった。でも、ジュエリーのように単体で輝きを放てる“作品”になることもある。そう思ったら、いろんな世界がつながってくる気がしたんです」

かつて1900年のパリ万博で、日本の技術と美が世界に取り入れられ、美術の地平を引き上げたことがあった。いま再び、技術が美を牽引する新たな舞台が開かれつつある。その中心に、今井技巧の磨きの技術が息づいている。

世代を超える継承
2026年、今井技巧は創業100年を迎える。これは単なる節目ではなく、技術を未来につなぐ証である。「技術と思いをつなげること」が次のテーマとなっている。
「世の中の仕事はすべてレベルがあります。誰でもできる仕事は海外に流れる。私たちは、誰も到達できないレベルの仕事をやり続けることに意味があるんです」
この言葉どおり、同社の磨きの精度は進化を続けてきた。#14,000と呼ばれる領域を表卯順的にとらえ、今では#240,000という極限に達している。そこには単なる光沢を超えた価値がある。その精度だからこそ、精密部品の耐久性や機能を最大限に発揮できるのだ。この領域にこと自動化が進んでも最後は人の感覚と経験がものを言う。
今井技巧の磨きは、単に金属の表面を整える作業ではない。見えない部分に光を当て、人の暮らしを支える技術である。金型業界で「困ったら今井技巧に」と呼ばれる信頼は、長年の確かな積み重ねによって築かれてきた。
その領域は工業製品から芸術作品にまで広がり続けている。金属を磨くという技術は性能を高めるにとどまらず、美の領域へと昇華されつつある。
まさに技術が価値を一変させる段階に至っているのである。今井技巧の技術から広がりつつある新たな展開に心を躍らせずにはいられない。

(聞き手:株式会社つばめいと齋藤優介、渡辺丈一郎)

齋藤優介 齋藤優介
2025.09.30

有限会社 フナックス

技術屋の本能を貫く

代表取締役  船山智裕 氏 インタビュー

現場に金属を削る音が響いている。その中心に立つのが、有限会社フナックスの代表取締役 船山智裕氏だ。自動車産業の変動、価格競争の激化。外部環境がどれほど厳しくとも、「金型の設計から製作まで、トータルに応える」という姿勢を崩さず、技術屋としての本能を頼りに前進してきた。「難しい仕事ほど燃える」。その言葉は、フナックスの歩みを象徴している。

技術屋の本能
船山氏は「作り手の本能」として三つの感覚を挙げる。
第一に、目の前の金型の数値と構造に挑む緊張感。
第二に、未知の部品をかたちに変える創造力。
そして第三に、設計者の思想を読み取り、最適解を形にする探究心だ。
「金型屋の面白さは、毎日違うものが作れること。繰り返しの単純作業ではなく、常に新しい課題と向き合う。その積み重ねがノウハウとなり、会社の力になる」と語る。
実際、フナックスには300パーツを超える大物金型や、複雑な三次元形状の案件が持ち込まれることもある。図面だけでは完成形が見えないことも少なくない。「きちゃったー」と思うと同時に、それでも「どう作るか」を考え抜き、最適な構造を編み出す。そこに技術者達の血が騒ぐ。

品質と量産を止めない使命
フナックスの哲学を語るうえで欠かせないのが「量産を止めない」という信念である。良い金型とは20年、30年と使い続けてもトラブルが起きないものであり、そのために徹底した品質管理が求められる。
「お客様の生産ラインを止めてはいけない。その一点に尽きます。だからトラブルが起きても必ず次に活かす。改善と分析の繰り返しこそが品質管理の核心です」と船山氏は語る。
微細な「バリ」を抑えるため、100分の1ミリ単位でクリアランスを調整する。常温から200度に至る成形環境を想定し、金属の膨張率を読み切った設計を行う。エンプラ(エンジニアリングプラスチック)やガラス繊維入り素材など、難易度の高い案件でも妥協を許さない。まさに「溶かして固めるだけ」と言いつつ、その奥に積み重なる試行錯誤こそがフナックスの力だ。

幅広い対応力
フナックスの対応領域は幅広い。プラスチック金型やダイカスト金型はもちろん、日用雑貨、自動車部品、機械部品まで設計から製作・量産まで一貫対応。さらにガンドリル加工やグラファイト電極加工など、周辺工程も自社で担う。
近年は成形機とロボットを導入し、試作から小ロットの量産まで自動生産が可能となった。「お客様のニーズに応えるための投資は惜しまない。多くても1000個規模、できるだけ短期間で納品するなど柔軟に対応できることが強みです」と船山氏は胸を張る。

人づくりとチームの力
フナックスのもう一つの強みは人材育成にある。船山氏は「同じことを繰り返すのが嫌な人こそ金型屋に向いている」と言う。毎日違うものを作り、設計者や技術者がチームとなって挑戦を重ねる。そのプロセスを通じて、会社としてのデータとノウハウが蓄積されていく。
「最後の微調整は必ず人の目と手で行います。図面に書かれていない“塩ひとつまみ”をどう加えるか。そこが金型屋の面白さです」と語る言葉には、職人の誇りがにじむ。
少数精鋭主義を掲げる同社は、一能工として任せられる職人もいれば、積極的に新しい挑戦を望む社員もいる。適材適所を徹底することで、少人数ながらも高い成果を出し続けている。

金型業界の未来と展望
自動車産業の変化は金型業界全体を揺さぶっている。最新のEVでは金型の数が減少し、共通部品化も進む。「業界の未来は決して明るいとは言えない」と船山氏は率直に語る。しかし同時に、「だからこそ私たちは深く、広く応えられる体制を築く。設計から量産までトータルに応えられる金型屋として進化し続けたい」と力を込める。
その言葉の根底には、「作り手の本能」がある。難題に挑み、未知のものをかたちに変え、量産を止めない金型を提供する。その積み重ねこそがフナックスの存在理由であり、船山氏の信念である。

フナックスの歩みは決して穏やかではなかった。数多の困難に直面しながらも、日々の試行錯誤と改善の積み重ねが「トラブルなき金型」を生み出し、産業界を支えてきた。その根底には「技術屋の本懐」とも言うべき揺るぎない信念がある。困難を糧に思考を巡らせ、最適解を導き出す姿勢は、自動車産業の変化や国際競争の激化という逆風のなかでも変わることがなかった。船山智裕氏は技術者としての本能を信じ、進化を続けている。燕三条から発信されるフナックスの挑戦は、これからも日本のものづくりを支える確かな礎となる。

 

(聞き手:株式会社つばめいと齋藤優介、渡辺丈一郎)

齋藤優介 齋藤優介
2025.09.30

有限会社 スワオメッキ

ご縁を磨き、未来を鍍金する ― スワオメッキの挑戦

代表取締役 鈴木康仁 氏 インタビュー

燕三条の地場産業において、金属表面処理を担うスワオメッキは、単なる「メッキ屋」にとどまらない存在感を放っている。スワオメッキ代表取締役 鈴木康仁氏の言葉には一貫して、技術と人とのつながりを等しく大切にする経営哲学が表れている。

縁から始まった創業と仕事の広がり
同社の創業は、地元の老舗器物メーカーの三宝産業の「こんなメッキ屋があるといいな」という一言から始まった。時はバブル経済の絶頂期、最初の仕事は宴会食器への銀メッキであり、その縁は今も取引として続いている。
やがて弥彦神社の参拝用装飾の金メッキなど神社仏閣の仕事に広がり、全国の神輿の装飾なども手掛けるようになった。
最終工程を担うメッキは、製品を仕上げるだけでなく、依頼元の思いを引き継ぎ、使う人の手に渡るまでを姿を想像して行うべき仕事だと鈴木氏は語る。その思想は「縁をつなぐ」という同社の姿勢そのものを表している。

青年部で培った価値観の変化
鈴木氏の経営観を大きく変えたのは、燕商工会議所青年部での出会いであった。ファクタリウム参加企業でもある阿部工業の阿部社長や、エステーリンクの齋藤社長をはじめとする先輩経営者との交流を通じ、損得勘定を超えて人と真摯に向き合うことの大切さ、そして経営者として自らをどう表現すべきかを学んだという。
「人や仕事に本気で向き合うことで気づきが生まれる。目を背ければ、人のせいにするだけになる。」
その言葉には、経営者としての覚悟がにじむ。さらに阿部社長からは「普段の人柄や、楽しんでいる姿を隠さずに出した方がいい」と助言を受け、鈴木氏は自らの素直な姿を社内外で示すようになった。結果として、その率直さが信頼を呼び込み、仕事をしやすい環境づくりへとつながっていったのである。

こうした青年部での経験は、鈴木氏にとって自らの“ものさし”を変えるきっかけとなり、やがて後輩世代に対しても学びや挑戦の機会を与える姿勢へと結実した。単なる交流を超えて、人間関係を通じて経営者としての在り方を磨く場となったのである。

FACTARIUMを通じた広がり
また「FACTARIUM」の活動は、スワオメッキの挑戦を力強く後押ししている。これまでBtoB企業にとって、自社の在り方や経営理念を伝える機会は、主に展示会の場に限られてきた。しかしFACTARIUMでは、参加企業の経営者が自らの言葉で理念や思いを語り、その姿を動画として広く公開している。こうした取り組みは、単なる製品紹介を超え、経営者の人柄や会社の背景までも伝える新たな広報手段となっている。
鈴木社長も、自身の考えや価値観を語る動画を通じて多くの企業に存在を知ってもらうことができた。その結果、「動画を見て依頼を決めた」という新しい取引の事例も少なくなく、FACTARIUMの波及効果は確実に広がっている。BtoBの世界において“理念を共有すること”が仕事のきっかけになることを実証している点で、この活動は大きな意義を持つといえるだろう。

感謝と信頼を基盤にした経営
鈴木氏が重視するのは、社員や取引先への「感謝の循環」である。社員の小さな不平不満も吸い上げ、課題として共有し改善につなげる。人事評価も「仕事の速さ」から「人として当たり前のことができるか」に改め、感謝し合える組織文化を形成しようとしている。右腕となる社員との日々の対話や、DXによる社内共有システムづくりもその一環である。これらの変化を通じて、同社は単なる作業集団から「文化を築く組織」へと変わろうとしている。

神社仏閣と産業への眼差し
近年、鈴木氏は弥彦神社をはじめ各地の神社仏閣を訪ね歩いている。祈りや修繕の仕事を通じ、日本人が受け継いできた信仰心や地域文化の持続に関わりたいと願うからだ。「祈りの場を巡ることで、その土地の暮らしや生き方を引き出し、残すことが大切だ」と語る姿は、産業遺産や地域文化を未来へつなぐ姿勢と重なり、燕三条の産業史とも共鳴している。

未来に向けた挑戦
スワオメッキは今後、国内にとどまらず海外の神社仏閣の修復にも挑戦する考えを持つ。台湾やタイとの連携を視野に入れ、新たなイノベーションの芽を育てようとしている。もともと地場の金属製洋食器やハウスウェアから始まったメッキの仕事は、いまや多くの祈りを受け止める場を彩る技術へと姿を変えつつある。
「ただのメッキ屋ではなく、多くの人の縁をつなぎ、感謝を広げる会社でありたい」。鈴木氏の言葉には、地域産業の未来を鍍金するような確かな光が宿っていた。

(聞き手:株式会社つばめいと齋藤優介、渡辺丈一郎)

齋藤優介 齋藤優介
2025.09.30

有限会社 坂井工業

「管理」と「教育」で切り拓く地域産業の未来

代表取締役 坂井真和 氏 インタビュー

新潟県三条市の坂井工業は、プレス加工を強みとし、さらに精密板金技術取り入れを成長してきた企業である。経営を担う若きリーダーの代表取締役坂井真和氏は、会社の強みと課題を冷静に見極めながら、次代にふさわしい組織づくりを進めている。
「技術者・経営者としてはまだ経験や知識が足りないと思っています。でもだからこそ、管理や教育に徹底的に力を注ぐことで、会社全体を底上げできるのではないかと考えているのです」。

「管理」の徹底こそ競争力
坂井工業が重視しているのは、製造業にとって基盤ともいえる「管理」である。金型や図面の管理、帳票類の整理は、現場にとって煩雑で後回しにされがちな作業だ。しかし「忙しいとやらない」という現実を打破すべく、同社はデジタル化と仕組み化に踏み切った。
週に一度の5S活動や、リーダークラスへのノートPC支給によるデータ共有、さらには図面の電子化によって、探す・待つといった無駄を削減。プレス現場でのロスをなくす取り組みは、やがて「坂井工業に任せれば管理がしっかりしている」という顧客からの信頼にもつながった。
「お客様が求めるのは、単に“作れること”ではありません。どれだけ確実に管理されているか、その安心感が品質の裏付けになるのです」。

人材育成と教育の模索
もう一つの柱は「教育」である。近年、現場には若手社員や外国人材が増えた。特にミャンマーからの社員は、母語で会話してしまうことで日本語力が伸び悩むという課題もある。だが一方で、新しい技術に挑戦したいとベンダー加工に関心を示す姿勢も見られる。
「全ての社員が“やりたいこと”を見つけられる環境をつくりたい。休憩時間にほかの機械を眺める社員の姿を見て、もっと成長や興味関心を引き延ばせる場を与えたいと感じました。教育マニュアルの策定も検討していますし、外部の勉強会や展示会を通じて、外から評価を受ける経験を積んでほしいと思っています」。
また、リーダー層には責任と権限を積極的に渡す方針だ。トップダウンではなく、自分たちから意見を出せるボトムアップの組織づくりを目指している。「難しい仕事の見える化や言語化を行うことで属人化を無くし簡単にしていく。楽しさややりがいを感じてもらえることが大切です」と社長は語る。

展示会での発信と外との接点
坂井工業は近年、長崎や名古屋、諏訪など全国各地の展示会に出展し新たな市場の開拓に奔走してきた。だがBtoB企業として、顧客の機密に関わる製品をそのまま展示できない難しさも抱える。
「写真を出せない、事例を話せない。でも展示会に出ることで気づくことは多い。燕三条は有名でも、どこをどう探せばいいのか分からないという声を聞きました。その繋がりを築くと同時に、地場の私たちにとっては当たり前の技術も、外から見れば驚かれるものなのです」。
新潟という土地の強みも再発見している。新潟は、他県に比べ災害リスクが少なく、地政学的にも安定しているという安心感から、新潟の工場に発注する企業が増えているという。実際に県外企業からの新規案件も増加しており、技術と管理はもちろん、「新潟だからこそ」という評価が坂井工業の武器になりつつある。

今後のビジョン
現在の主力取引先は自動車、金融機器、ガス関連メーカーなど。しかし未来を見据え、半導体や防衛関連といった成長分野を視野に入れる。
「展示会に出るのは新たな仕事を取るためです。何度も顔を合わせて初めて次につながる。お客様が求める品質と管理度合を、さらに教育の力で高めていきたいのです」。
その一方で、坂井氏自身は「効率化」と「人の力」のバランスを重視している。帳票作成などはシステム化し、AIなどの最新技術も取り入れることで時間を確保。その分、人が考え、新しい価値を生む余地を広げたいと考えている。
「人がやれる仕事は人がやる。でも効率化できる部分はシステムに任せる。そうして生まれた時間で、挑戦できる環境を社員に提供していきたい」。。

結びに
坂井工業の挑戦は、華やかな技術開発や派手な製品発表とは一線を画している。坂井真和社長が注力するのは、あくまで「管理」と「教育」の地道な磨き上げであり、そこから社員一人ひとりの挑戦心を引き出そうとする姿勢である。その積み重ねは、短期的な成果以上に、企業としての信頼と競争力を確実に高め、やがては地域全体のものづくりを押し上げる力へとつながっていく。こうした坂井社長の歩みは、地域に根ざしながら未来を見据えるものづくり企業の、ひとつの理想的な姿を映し出している。

 

(聞き手:株式会社つばめいと齋藤優介、渡辺丈一郎)

齋藤優介 齋藤優介
2025.09.30

有限会社 本間産業

洗浄とは、未来の信頼を設計すること 〜本間産業が挑む「見える品質」と「分析ソリューション」という新たな武器〜

  代表取締役 本間尚貴 氏インタビュー

金属加工においてプレスや切削の摩擦熱を緩和させる際の“加工油”を取り除く必須の工程、それが「脱脂洗浄」である。
だが今、脱脂洗浄は単なる「油分を取って綺麗にする」工程だけではなく
「いかに油分が限りなく除去されていることを証明する」ことへと進化しつつあるという。
どういうことか。有限会社本間産業 代表取締役 本間尚貴氏に聞いた。

「いま求められているのは、“洗ったか”じゃなく、“洗えていることを証明できるか”なんです。だから私たちは、洗浄のその先にある「分析」を、事業として展開しようとしています」

脱脂という「見えない工程」が、すべてを左右する
自動車、医療機器、電子部品、航空―
高精度を要求されるこれらの産業において、金属表面に残る油分や微粒子は、不良・事故の温床となる。
「例えば脱脂が不十分だと、溶接が弾かれたり、塗装が剥がれたりする。
“表面に極力油分がない”という状態をどうやって保証するか。そこが企業としての信頼力になります」
だからこそ本間産業は、ただ洗うのではなく、“測定と分析で品質を証明する仕組み”を新たにビジネス展開させる考えだ。

洗浄から分析へ  “証明する力”が事業になる
「私たちの武器は、“洗えること”だけじゃありません。
洗った後に、どう分析し、エビデンスとして油分が極力無いと証明し提出するか。その部分が、いま最も価値になってきています」

本間産業では、表面残渣や、残留油分の検査、洗浄前後比較などを社内で対応できる体制を構築してきた。
しかし、ある時、その自社のエビデンスを取るために用いてきた【分析】の依頼が来た。

「初めて【分析】だけの依頼が来た時にはびっくりしました。洗浄の仕事でなく分析だけして欲しいという内容は。もしかして、これは新たなビジネスになるのではないかと考えました。」

そこからの動きは早かった。今、洗浄と切り離して、分析業務を独立したソリューション事業として外販を進めている。
他社製品の洗浄状態の第三者分析、新製品開発における洗浄性評価、工程内クレームの原因分析など、燕という地場にいながら、全国の製造業の「品質保証の相談窓口」になる試みである。今まで地場で培ってきた洗浄のノウハウが新たなシーンに移行してきた。

可視化は信頼戦略である
本間産業の展示会ブースには、製品ではなく、測定機器・洗浄レポート・工程フローが並ぶ。それは「何を洗ったか」を強調することでなく、「どのように証明するか」が問われる時代を象徴する光景だ。

「『この会社、ちゃんと見てるな』『信用できそうだな』って思ってもらえるかどうか。

それを左右するのが、【分析】と【見える化】の精度なんです」
洗浄の工程プロセスそのものを「信頼」として見せる。それが同社の戦略であり、挑戦でもある

燕から全国へ。品質保証の“第二拠点”として
本間産業の顧客は、いまや新潟県内にとどまらない。
九州や関西方面など、遠方の依頼も増えている。

「各地の地元産業の中で協力会社が減っていくなかで、“そういえば本間産業があったな”と、全国のどこかで思い出してもらえたら嬉しいですね」と本間社長は和かに話す。

また、災害時のBCP対策として、燕にバックアップの拠点を設ける提案も進めている。近年の自然災害が絶えない状況において、何かあった時に、一度でも関係をもっていれば、即座に対応できるということも強調していた。

「困った時にこそ役に立ちたい」という本間社長の言葉が心に響く。
製造業の命綱である“洗浄と分析”が、地方から各地の産業インフラを支える時代が始まっているという感銘を受けた。

「洗う」から「証明する」へ
本間産業が提案する“安心”という無形資産。

「私たちは洗浄業じゃない。“安心提供業”なんです。分析という新たな柱で、“見えない品質”を見える価値に変えていきたい」
金属の表面をきれいにするだけではない。
ものづくりの信頼性を、数字とプロセスで“証明する”ことが、いま求められているのだ。

金属を洗う。一見、目立たない工程。だが、その“見えない工程”にどこまでこだわるかに製造業の本質が見える。
「きれいにする」のではなく、「信頼を証明する」。
「汚れを落とす」のではなく、「未来の品質を支える」。

洗浄という名の工程に、これほど強い哲学と誇りを込めている企業があることに、深い感動と敬意を覚える。
本間社長の言葉の一つひとつには、ものづくりへの真摯なまなざしと、社会を支える覚悟が込められていた。そして環境負荷に対しても徹底した管理の姿勢も垣間見える。
洗浄の工程から製造業全体を支えるというその想いは、まさに縁の下の力持ちを極める覚悟であり、そして、次の時代へと受け継がれるべき“志”にほかならない。
だからこそ、可視化と分析に挑む本間産業の姿勢は、洗浄という技術の枠を超え、日本の製造業に「新たな標準」を提示していると心から思った。

(聞き手:株式会社つばめいと齋藤優介、渡辺丈一郎)

齋藤優介 齋藤優介
2025.09.30

株式会社 セキヤ

「できない形はない」 ニッケルロウ付けの技術で挑む、セキヤの現場力

専務取締役 酒井直也 氏インタビュー

新潟県燕市にある株式会社セキヤは、他には真似できないニッチな技術で勝負する金属加工のプロフェッショナル企業だ。
とりわけ注目すべきは、真空炉を用いたニッケルロウ付けや、一体成形によるステンレスのプレス加工である。これらの技術は、同業者でさえ「どうやって作ったのか分からない」と驚くほどのレベルに達している。

技術は「伝える」時代へ
いま一番伝えたいのは、“技術”なんです。」
そう語るのは、株式会社セキヤ 専務取締役の酒井直也氏。静かな佇まいとは裏腹に、その言葉には確かな情熱と自負が込められている。
“技術のセキヤ”と称される同社において、ひときわ象徴的な存在となっているのが「真空炉内でのニッケルロウ付け」だ。高温かつ真空という過酷な環境でロウ材を溶かし、酸化を限界まで抑えながら金属同士を接合するこの技術は、国内でも対応できる企業が限られている。接合部は精密で強固、かつ美しい仕上がりとなり、機能性と意匠性を高い次元で両立しているのが特徴だ。
この技術は、現会長が先代時代に家庭用製品の大量生産で培ったノウハウに端を発し、注ぎ口など繊細な接合部への応用を通じて育まれてきた。今では酒井さんをはじめとする現体制のもとで、産業用部品や精密機器へと応用の幅を広げ、現代のニーズに合わせてさらに進化を遂げている。
「かつて、累計100万個を超えるやかんを製造していた時代がありました。注ぎ口の接合にこのニッケルロウ付けを使っていたんです。加熱による酸化を防ぎつつ、美しく接合できるため、仕上がりの見た目が非常に良い。それでいて強度も申し分ない。この家庭用品の量産を通じて蓄積されたノウハウが、今では産業用機器や精密部品の接合技術として応用されるようになりました。」
この技術はさらに進化を遂げ、かつてはダイキャストでしか成形できなかった複雑な形状にも対応可能となった。複数のプレス加工品を組み合わせてロウ付けすることで、金型を用いずに同等以上の製品を実現できるようになったのである。
これにより、高額な金型代が不要、あるいは最小限で済むようになり、顧客の初期投資を大幅に抑えることに成功した。従来の製造現場におけるコスト構造を根本から覆す、まさにゲームチェンジャーと呼ぶべき技術革新である。
そして、従来は「できない」とされてきた形状すらも、次々と形にしていくその技術力には、限界という言葉すら通用しない。もはや「不可能な形など存在しない」と言っても、決して誇張ではないのかもしれない。

新たな分野を目指す
酒井氏が次に見据えているのは、産業機器、医療機器、そして食品加工設備といった高精度と耐久性が求められる分野だ。
現在は、独自に真空容器の製作にも挑戦しており、とくに「四角い容器の成形」という非常に難易度の高いテーマに取り組んでいる。
「製品単価を考えると、数が出なければ金型代の回収は難しい面もあります。でも、付加価値の高い製品にしっかりと技術を活かしていけば、そこは乗り越えられると思っています。」

「作り手」から「育てる人」へ
技術は、ただ受け継ぐものではなく、育て、広げていくもの——。
いま酒井氏が力を注いでいるのは、社員の育成と「多能工化」という組織づくりだ。
「高度な仕事ほど、“誰かにしかできない”状態にしてはいけない。誰でもできるように整えることで、技術は本当の意味で根付いていくと思います」
すでに、プレス・溶接・フチ切りといった複数工程が社内で対応できるようになってきた。
「自分がやった方が早い。でも、それでは会社が育たない。任せて、見守って、待つ。難しさはあるけれど、技術者として“育てる”という仕事の奥深さを、今、実感しています」

会長とは正反対の「穏やかな」技術者
「会長は、まるで戦国大名(笑)。自分とは正反対のタイプです」
酒井氏は、肩の力を抜くようにそう言って微笑んだ。だが会長の背中からは、現場での経験や取引先との信頼の積み上げ方、そして技術へのこだわりをしっかりと学んできた。
「本当に、当時は会長のスピードについていけなくて、何度も自分に自信をな無くしました。でも、逃げずに、ひとつひとつの仕事と向き合っていくうちに、だんだんと“自分のやり方”が見えてきました」

次の世代へ、そして未来へ
「ファクタリウムで出会った先輩たちに、本当に刺激を受けてきました。だから今度は、自分が“誰かの心に火をつける側”になれたらうれしいですね。」
その目は、確かに未来を見据えていた。
燕の技術は、静かだ。多くを語らず、誇らず、ただ求められたものに徹底して応え続けてきた。守秘義務のもと「裏方」に徹するその姿は、派手さとは無縁かもしれない。でも、胸の奥には、激しく燃える炎がある。
一流の仕事には、声に出せないプライドが宿っている。言葉ではなく、仕上がりが語る。姿勢が語る。手の中に宿る技術が、未来を語る。
セキヤは、そんな技術者のDNA受け継ぎながら、次の世代へとバトンを渡そうとしている。受け継ぐだけじゃない。さらに磨き、さらに挑み、さらに人を育てていく。やがて技術者達が「表舞台」への道を切り拓くはずだ

(聞き手:株式会社つばめいと齋藤優介、渡辺丈一郎)

齋藤優介 齋藤優介
2025.09.30

株式会社 新武

金型に「自分たちの物語」を込めて

代表取締役 齋藤智則 氏 インタビュー

「金型は、ただの部品じゃない。平たい金属に命を吹き込む“装置”なんです」
そう語るのは、新潟県燕市の株式会社新武 代表取締役社長 齋藤智則氏。日用品から産業機械まで、暮らしを支える多種多様な製品の量産を支える金型は、いわば産業の“黒子”だ。だが今、その裏方の現場――新武では、「自分たちのものづくりの意味」に改めて向き合う動きが、静かに芽生えはじめている。

受託製造に感じはじめた“限界”
創業から半世紀、新武は建築金物から自動車部品まで、幅広い分野の金型製作を請け負ってきた。その多くは、他社の図面に基づくBtoB型の受託製造。図面どおりに精密に、ミスなく仕上げる―それが仕事の本質だった。「私たちの仕事は、図面があって初めて成立する。他人の設計、他人の仕様に沿ってつくることが“当たり前”だった」と齋藤氏は語る。だがその構造は、景気変動や発注元の動向に大きく左右される。自社の意志で価値を創り出す余地が見えにくいという“限界”も、少しずつ感じるようになっていた。

自分たちの“物語”を生むものづくりへ
転機となったのは、副業人材との協働で取り組んだ商品開発、そしてマシニングセンタを使って、点描画のような絵を金属上に描く「マシンアート」への挑戦だった。他人のためではなく、「自分たちの作品」をつくる。その体験は、社内に深い問いを投げかけた。
「自分たちの商品って、何だろう?」
その問いはやがて、「自分たちはどういう会社なのか」「何が強みなのか」と、組織全体を見つめ直すきっかけにもなった。長年勤めてきた社員たちも、実は心の中に「自分たちで生み出したもので世の中に問いかけたい」という想いを抱えていた。「そうした社員の声を、しっかりとくみ取っていきたい」と、齋藤氏は語る。

技術の現場で、思考が変わった
齋藤氏自身にも、その変化は起きていた。かつてはメーカーの営業職として活躍し、家業に入った当初も「しゃべりと段取りでなんとかなる」と思っていたという。しかし、金型製作の現場に立ち、図面と向き合い、設計と試作を重ねるうちに、その考え方は大きく変わった。「金型は精度がすべて。中途半端な気持ちでは通用しない。仕事に真剣に向き合う中で、自分の考え方そのものが変わっていったのです。仕事を通して自分が変わる。その変化を、自分で面白いと感じられるようになったのが、いちばんの収穫かもしれません」

家庭にも波及する「感覚の変化」
この変化は、社内にとどまらなかった。副業人材との協働をきっかけに、家庭内の会話にも変化が表れたという。「家で話していても、アイデアがどんどん出てくるんです。日常のちょっとした気づきが、製品開発のヒントになる。それって、金型の世界では今までなかった発想なんです」齋藤氏の中に芽生えた「考える感覚」は、家庭にも自然と共有されはじめていた。

忙しすぎないことが、むしろ利益になる
現在の新武では、自社のリソースと「限界値」を正確に見極め、一件一件の案件に丁寧に向き合う姿勢を重視している。金型製作は、設計から製造までに時間と手間がかかる。無理に案件を詰め込めば、品質も納期も崩れ、結果的に信頼を損なってしまう。そして何より、「忙しい」からといって、必ずしも利益につながるわけではない。「最近ようやくわかってきたんです。“忙しくしていない金型屋のほうが、実は儲かる”って。だからこそ、リソースを絞って、一つひとつの案件としっかり向き合うようにしています」

最後に残るのは「人」の感覚
そしてもうひとつ、齋藤氏が強く語るのが「人」の存在だ。副業人材、社員との対話、家庭での会話――あらゆる人との関わりが、ものづくりの変化を導いてきた。「うちの社員には、“面白いか、面白くないか”っていう感覚があるんです。それって、実はすごく大事だと思うんですよね」
産業の黒子的存在だった金型屋として創業した新武だが、創業当初から「人」に焦点を当てたものづくりを貫いてきた。そしていま、内なる問いを抱きながら、「自分たちの物語」を込めた新たな製造のかたちへと、静かに舵を切りはじめている。その先にあるのは、単なる部品づくりではなく、自己表現としての製造業だ。そこには、金型産業で培った課題を解決する技術と感性を融合させた「ものづくりの進化」がある。

私は、以前に会長へのインタビューを行った際、新武が創業当初から「人」に焦点を当てたものづくりを貫いてきたことを知った。その精神は脈々と受け継がれ、今もなお社内に息づいている。
人の感覚と感性を中心に据えた新たなものづくりの歩みは、いま、あらためて自社の社員へと向けられているように思う。「社員がこの新武で働いて良かった」と、心から思えるような会社を目指して――その姿勢は確かに、日々の対話や現場の工夫の中に表れている。
そして、「面白さ」という感覚を仕事の中に見出すこと。それは、閉塞感に包まれた日本の産業界に、新たな風穴を開ける――そんな希望を、私は強く感じている。

(聞き手:株式会社つばめいと齋藤優介、渡辺丈一郎)

齋藤優介 齋藤優介
2021.06.16

スワオメッキ有限会社

暮らしを支えるメッキの技術

メッキ技術は、奈良時代に、奈良の大仏を彩る為に用いられ、金属を加飾する技術として古くから日本の工芸史を支えてきた技術の一つである。燕においては、明治期にキセルを飾るところから始まる。その後、金属洋食器やホテル用の金属ハウスウェア製品などに用いられ地場の産業の発展に大きな貢献をはたしてきた。

スワオメッキの創業は1987年。好景気のホテル関係業務用食器にメッキを施すことから事業をはじめた。

創業時、取引先の一流ホテルの求める品質は高く、畳1畳程の角皿をメッキして鏡のように顔が映り込むことが求められた。メッキの品質を左右するのは、金属の下地作り。しっかりと金属研磨をして下地を整えることから始まる。さらに、ホテルの現場では角皿や金属洋食器は、激しく擦られ、洗われ、水や洗剤にさらされる。メッキ皮膜を頑強に仕上げることで、こういった要求に応えながら、ノウハウの蓄積をしていった。

また、スワオメッキの特筆すべき点は、全国でもトップクラスのメッキ層の大きさと200以上の治具があげられる。当時は好景気の影響で、ホテルの業務用食器は年々大型化且つ複雑化していった。その求めに応えるように同社のメッキ層は大きくなっていき、複雑化した形状の製品をメッキ層に固定する治具(じぐ)が増えていった。結果その設備投資が、ノウハウとして蓄積され、現在においては最大の強みとなっている。もちろん、守備範囲も広くなり、少量多品種に応えられるようになってきた。

現在、創業の頃のような大量な製品の注文はない。増えているのは、少量ロットで多品種の受注だ。

「ネジ一個から、畳一枚まで」常に柔軟な姿勢で、求められる要求に対応してきた。

そこには、バブル経済崩壊後、ホテル用の食器が減るなか、仕事を求め、全国を行脚するなど、地道な営業開拓もいとわなかった姿勢がある。新たなジャンルに挑戦する中でも、独自の技術とノウハウが評価され、神輿や神社仏閣の金具·自動車部品·医療品など幅広い分野の製品にメッキを施すニーズに応えてきた。メッキを施す製品に隆盛はあるが、メッキ技術に対するニーズは高い。これからも、メッキ技術で多くの人々や社会に貢献できる会社を目指す。

スワオメッキ有限会社→ https://www.suwao.jp/company/