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齋藤優介 齋藤優介
2025.09.30

株式会社 今井技巧

見えない部分に光を当てる ― 今井技巧、磨きの百年

代表取締役 今井大輔 氏 インタビュー

私たちの日常にある製品の多くは、無数の見えない工程の積み重ねによって形を得ている。その一つが「金型を磨く」という仕事である。
プラスチック樹脂製品の量産を支え、精密機器の性能を引き出し、ときには芸術作品の仕上げにまで寄与する。しかし、その存在を知る人はほとんどいない。
今井技巧は、そうした「目に見えない部分」に光を当てるように、百年の歳月をかけて技術を磨き続けてきた。
「普通の人は全く知らない。でも、身近なモノの裏には必ず存在する技術なんだと伝えたいんです」。
株式会社今井技巧の四代目、今井大輔氏は、実直に、穏やかに、しかし確かな力を込めて「伝えること」の大切さを語る。

歴史と転機
今井技巧の創業は大正15年。当初は美術彫金を専門とし、やがて金属洋食器の金型彫刻を担うようになった。だが、時代の流れは厳しかった。マシニング加工や海外生産の普及により、長らく続いた彫金の需要は燕地域から急速に衰退していく。
三代目はなお彫金の技術を守り続けたが、やがて周囲の期待に応えるかたちで金型の「磨き」へと舵を切った。そこで積み重ねられた技術が、現在の今井技巧の基盤を形づくっている。
四代目となる今井大輔氏は、長岡高専を経て上場企業で十年にわたり機械設計に携わったのち、家業に戻った。
「入社して初めて、自分が四代目だと意識しました」
―そう振り返る言葉には、静かな覚悟がにじむ。
父である三代目は「好きなことをやれ」と言い、事業の継承を強く迫ることはなかった。それでも、時代に応じて技術を進化させ、必要とされる仕事を選び取った結果、今井氏は自然と家業の道へ、そして磨きの世界へと歩みを定めることになった。

技術の本質
今井技巧の仕事には、機械加工では到達できない精度が求められる。製品の表面を均一に整え、微細な凹凸を一つひとつ丁寧に取り除く。その対象は、ときに高級時計の内部歯車のように外からは決して見えない部品にまで及ぶ。分解して顕微鏡で覗いたとき、初めて職人の仕上げに気づく――そんな世界を支えているのが今井技巧である。
「加工機や工具は進化してきました。でも最後は必ず人の手が必要なんです。だからこそ、この仕事は機械に置き換わらない。私たちは日本技術の最後の砦であることに誇りを持っています」

新たな挑戦と広がるフィールド
今井技巧の技術は、いまや金型業界にとどまらず、幅広い領域へと広がりを見せている。ある大学から依頼を受けて製作したステンレス製のタグは、その象徴的な一例である。一見単純な形状の品が、磨きの手を経ることでジュエリーのような輝きを放ち、学生たちの目を見張らせた。その体験は、磨きという技術が新しい文脈で受け止められる契機となった。

さらに近年は、芸術家やデザイナーとの協働も増えている。最新の加工技術によって生まれた造形物を、唯一無二の表情へと仕上げる。金属の表面を宝石のように磨き上げる試みもあり、そこに今井技巧ならではの感性と熟練が生きている。

「自分たちのモノは作れないけれど、磨きの技術を通して芸術に寄与できる」
今井大輔氏の言葉には、裏方でありながら誇りを抱く技術者の矜持がにじむ。こうした挑戦は社内のモチベーションにも直結し、近年ではアート関連の受注も増加している。

「もともと磨きは量産のための工程だった。でも、ジュエリーのように単体で輝きを放てる“作品”になることもある。そう思ったら、いろんな世界がつながってくる気がしたんです」

かつて1900年のパリ万博で、日本の技術と美が世界に取り入れられ、美術の地平を引き上げたことがあった。いま再び、技術が美を牽引する新たな舞台が開かれつつある。その中心に、今井技巧の磨きの技術が息づいている。

世代を超える継承
2026年、今井技巧は創業100年を迎える。これは単なる節目ではなく、技術を未来につなぐ証である。「技術と思いをつなげること」が次のテーマとなっている。
「世の中の仕事はすべてレベルがあります。誰でもできる仕事は海外に流れる。私たちは、誰も到達できないレベルの仕事をやり続けることに意味があるんです」
この言葉どおり、同社の磨きの精度は進化を続けてきた。#14,000と呼ばれる領域を表卯順的にとらえ、今では#240,000という極限に達している。そこには単なる光沢を超えた価値がある。その精度だからこそ、精密部品の耐久性や機能を最大限に発揮できるのだ。この領域にこと自動化が進んでも最後は人の感覚と経験がものを言う。
今井技巧の磨きは、単に金属の表面を整える作業ではない。見えない部分に光を当て、人の暮らしを支える技術である。金型業界で「困ったら今井技巧に」と呼ばれる信頼は、長年の確かな積み重ねによって築かれてきた。
その領域は工業製品から芸術作品にまで広がり続けている。金属を磨くという技術は性能を高めるにとどまらず、美の領域へと昇華されつつある。
まさに技術が価値を一変させる段階に至っているのである。今井技巧の技術から広がりつつある新たな展開に心を躍らせずにはいられない。

(聞き手:株式会社つばめいと齋藤優介、渡辺丈一郎)